関東甲信越・花と風景写真Ⅱ

尾道を歩く

 鞆の浦をあとにして、尾道に向かいました。着いたのは3時半すぎ、ここで息子のお嫁さんと合流しました。数年前まで、ここで働いていたことがあるので、町を案内してもらうことにしました。(5月27日)
 駅前広場は完成したばかりのようで、JRの駅は仮駅舎でした。2枚のスライドショーです。
01706尾道駅前
 尾道水道のウオーターフロント開発で、駐車場、商業ビル、緑地、遊歩道が整備されていました。マウスオンしてから、ワンクリックしてください。
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 時間があまりないので、レトロなアーケード商店街を歩いてから、途中で尾道ラーメンを食べ、千光寺ロープウエーに向かいました。(一週間前のブラタモリが「尾道」だったので、若干の予備知識がありました。)
 4枚のマウスオンアルバムです。
 2枚目の写真、大和湯とありますが、「カフェゆーゆー」です。「大和湯」という銭湯をリフォームした喫茶店で、昔の雰囲気を残しています。また、尾道のお土産の販売もしています。
 尾道といえば、ラーメンも有名。「壱番館」は、行列のできる人気店だそうです。スープは美味しかったですが、麺は関東と違って、もっちり感がありませんでした。西日本はみんなそうなのかもしれませんね。


 尾 道
 瀬戸内海(対岸の向島との間はその狭さから尾道水道と呼ばれる)に面し、古くから海運による物流の集散地として繁栄していた。しまなみ海道の開通によって、四国の今治市と陸路で結ばれ、物流面での利便性が高まり、「瀬戸内の十字路」となった。
 また、 山の斜面に住宅や寺院が密集し 、入り組んだ狭い路地と坂道が張り巡らされた独特な景観の町並みが「坂の町」として有名。

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鞆の浦の町並み

 仙酔島からもどって、船着き場と道路を隔てた高台にある福禅寺に行きました。石段を上ります。
01705石段1
 福禅寺対潮楼
 真言宗大覚寺派の仏教寺で、江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用された。平安時代の950年頃、空也による創建と伝えられる。
 現在の本堂と隣接する客殿(対潮楼)は江戸時代の元禄年間(1690年頃)に建立された。江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、日本の漢学者や書家らとの交流の場となった。
 1711年に対潮楼を訪れた従事官の李邦彦は、客殿から見た仙酔島や弁天島の景色にいたく感動し、「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地の意)」と賞賛した。元々、仙酔島という名前も“仙人も酔ってしまうほど美しい島”という意味。

 時間がなかったので、対潮楼には入りませんでした。弁天島と仙酔島の眺めが素晴らしいそうです。
01705福禅寺

 鞆の浦の町を少し歩いてみました。古民家の珈琲店でお茶を飲むのがおススメです。(時間の関係で行けませんでした) 3枚のスライドショーです。
01705鞆の浦町並み
 鞆の浦
 瀬戸内海の海流は満潮時に豊後水道や紀伊水道から瀬戸内海に流れ込み瀬戸内海のほぼ中央に位置する鞆の浦沖でぶつかり、逆に干潮時には鞆の浦沖を境にして東西に分かれて流れ出してゆく。つまり鞆の浦を境にして潮の流れが逆転する。
 鞆の浦の港町である鞆には古い町並みが残り、1992年には都市景観100選に、2007年には美しい日本の歴史的風土100選にも選ばれた。

 鞆の浦です。 マウスオンしてください。先端に、常夜灯が見えます。
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 鞆港西側の雁木の南端に立つ常夜燈(とうろどう=燈籠塔)は、鞆の浦のシンボルです。「安政六年己未七月」(1859年)に建造されました。
01705常夜灯
 旅行記は、まだまだ続きますが、一回休みます。

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福山鞆の浦・仙酔島

 旅行2日目(5月27日・土曜日)、息子の車で、福山の鞆の浦と尾道に行きました。お嫁さんは仕事があって、尾道で合流です。
 鞆の浦は、大手のツアーコースに組み込まれていないためか(観光バスの泊まる駐車場がない?のと倉敷、岡山から少し外れることなどがその理由かと思われます)、全国的にはあまり有名な観光地ではありませんが、とても風光明媚で、かつ、古い町並みが残されている歴史ある町です。
 町歩きをする前に、「仙酔島」に行くことにしました。 4枚のマウスオンアルバムです。
 平成いろは丸(福山市営渡船)に5分ほど乗船して、仙酔島に着きました。手前の島は弁天島、うしろが仙酔島です(3枚目の写真)。


 この日は、鞆の浦観光鯛網(約380年前の姿を伝える伝統漁法で、その勇壮さ華麗さで見る人を圧倒します)と花火大会があって、大勢の人が島に訪れていました。
 田の浦での観光鯛網の様子です。時間の関係で、少しだけしか見られなかったのが残念です。 マウスオンして、ワンクリックしてください。
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 仙 酔 島
 古代より潮待ちの港として栄えた鞆の浦において、隣接の弁天島と共にシンボル的な存在の島。外周約5キロほどの無人島で、島内にはホテルや国民宿舎・キャンプ施設がある。南側の海岸沿いに田ノ浦海岸から島の東側、彦浦海岸へ行く為の遊歩道
2004年の台風により崩壊して大部分が通行止めとなったが、2010年春に補修工事が完了した。
 明治時代以後の天皇・皇后・皇族らが何度も訪問している。

 整備された遊歩道を歩きました。瀬戸内の海と島の眺め、最高でした。尾道に行く予定がなければ、もう少し長い時間ここにいたかったです。5枚のマウスオンアルバムです。
 約9000万年前の大規模な火山活動により主に溶結凝灰岩で形成されたもの。地質的に非常に希少なものとなっている。2枚のスライドショーです。
01705いわば

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岡山・鷲羽山

 5月26日(金)~28日(日)に、観光を兼ねて、息子夫婦がいる岡山にいってきました。東京駅から8時30分の新幹線に乗り、岡山には11時50分に着きました。去年はじめて行った時は、遠いなーと思いましたが、二度目なので近く感じました。
 初日は平日だったので、自分たち2人だけで、レンターカーを借りて、倉敷の鷲羽山に行ってきました。
 大駐車場に車が数台しか止まっていませんでした。橋が開通したころは、観光客で駐車場がいっぱいだったんだろうなと思いました。閑散としていたので、景色はそれほどでもないのかなと思いましたが、いえいえそんなことはありませんでした。展望台からの眺めは壮観でした。四国の山、讃岐富士も見えています。
 4枚のマウスオンアルバムです。

 ここだけだと時間が余るなと思っていたのですが、案内のパンフレットをみたら、ここは第二展望台だったようで、鷲羽山山頂に第一展望台があるようなので、行ってみることにしました。山道を15分ほどかけて登りました。


 鷲 羽 山
 瀬戸内海国立公園に属し、国の名勝下津井鷲羽山(しもついわしゅうざん)として、倉敷市の代表的な観光地の一つとなっている。山の名は、北東側から遠望すると、鷲が翼を広げた姿に見えることに由来しているといわれている。
 海抜133mの山頂は、文豪の徳富蘇峰が「秀でた風景をこの峰に集める」と賞賛して鍾秀峰(しょうしゅうほう)と名付けられている。
 瀬戸内海に面し、瀬戸大橋全景や備讃瀬戸に浮かぶ塩飽諸島の島々を望める絶景ポイントとなっていて、第二展望台と第一展望台がある。
 山頂展望台からはさらに、北側に広がる岡山の児島地域の町並みや、遠く玉野市、四国の高松市等も望める。


 標高が高くなったこともあって、第二展望台より、一段と眺望がよく、素晴らしい景色です。ここまで登ってきてよかったです。
 5枚のマウスオンアルバムです。5枚目は岡山方面の景色です。



 帰りは、別のルートを下りました。瀬戸内海と瀬戸大橋が見える遊歩道です。絶景を堪能しました。2枚のスライドショーです。
01705下りの遊歩道から
 ニコニコレンタカーを借りたのですが、ガソリン代を含めて4300円ほどしかかからず、とても安かったです。車は古かったですが、エクステリア、インテリアともとてもきれいで、エンジンの調子も良く、全く不満がありませんでした。というより大満足の快適ドライブになりました。どこの車を借りようか迷ったのですが、ニコニコレンタカーの会員登録をして正解でした。また、機会があったら利用するつもりです。

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犬島精錬所美術館

 6回にわたった倉敷、岡山、しまなみ海道、犬島の旅、最終回です。

 犬島精練所跡の入り口です。マウスオンしてください。さらに進むと美術館があります。
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 前に見える小島は、犬ノ島(いぬのしま)です。2枚のスライドショーです。
01605精錬所からの海
 犬島精錬所美術館
 犬島に残る銅製錬所の遺構を保存・再生した美術館です。「在るものを活かし、無いものを創る」というコンセプトのもと作られた美術館は既存の煙突やカラミ煉瓦、太陽や地熱などの自然エネルギーを利用した環境に負荷を与えない三分一博志の建築と日本の近代化に警鐘をならした三島由紀夫をモチーフにした柳幸典の作品、また植物の力を利用した高度な水質浄化システムを導入しています。「遺産、建築、アート、環境」による循環型社会を意識したプロジェクトといえます。

 美術館を見学しました。美術館というより、アートでした(館内は、撮影禁止です)。見学したあと、建物の上にあがりました。 マウスオンしてください。
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 犬島精錬所  
 銅の精錬所があった。最盛期は2000人を超える従業員がいたが、銅価格の暴落などにより1919年(大正8年)には操業を停止、1925年(大正14年)に廃止になった。

01605跡地煙突
 犬島家プロジェクトと犬島精錬所美術館、大満足の犬島めぐりでした。チケット代2060円を高く感じませんでした。犬島港をあとに、宝伝港に戻ります。(5月15日)
 マウスオンしてください。
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