関東甲信越・花と風景写真Ⅱ

岡山城

 旅行3日目、最終日です(5月28日)。一日目、二日目と目いっぱい観光をしたので、今日は岡山城だけにしました。(後楽園は去年来た時に行っています)
 宿泊先のコンフォートホテルを出て、旭川に沿って歩くと、その先が岡山城です。 2枚のスライドショーです。川の向こうは、後楽園です。

01705旭川
 烏城公園入口から見た「岡山城」です。それから、「不明(あかずの)門」をくぐり、「廊下門」を抜けると、岡山城の本殿があります。 4枚のマウスオンアルバムです。

 岡 山 城
 豊臣秀吉に厚遇され大大名となった宇喜多秀家が8年の歳月を費やして築城した。旭川を城の東背後を流れるように改修し、天然の外堀に活用している。天守閣の壁に黒漆塗りの下見板を取付けていることもあり、後に「烏城」とも呼ばれる。
 関ヶ原合戦で敗軍の将となった秀家は、流配先の八丈島で城主よりも長い期間の余生を過ごした。秀家に代わって城主となった小早川秀秋は、それまでの西側の外堀の外側に城域を拡張して新たに外堀を設け、その外に寺町を配置した。
 藩政が安定期に入った17世紀末には、旭川を隔てて北側に藩主が憩と趣を楽しむ庭として広大な「後楽園」が作られた。

01705岡山城

 お城の中を見学です。(城内は撮影禁止です。唯一、駕籠は写真撮影が可でした)
 最上階の天守閣から、四方の景色を眺めます。熊本城の天守閣からの眺めと似ているように思いました。 5枚のマウスオンアルバムです。。天守は昭和41年に再建。

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坂の町・尾道

 帰りは、坂の町を実感したいので、ロープウエーに乗らずに、千光寺公園からお寺へ下る道「文学のこみち」を通りました。(5月27日)
  千 光 寺
 尾道市東土堂町にある真言宗系の単立寺院。本尊は千手観音。境内からは尾道の市街地と瀬戸内海の尾道水道、向島等が一望できる。
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 マウスオンして、ワンクリックしてください。3枚目は、天寧寺海雲塔です。

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 石段が結構、きつかったです。電車が通っていますが、ここも石段です。(ブラタモリで、ここの映像がありました) 3枚のスライドショーです。
01706千光寺石段

 「坂の街」「文学の街」「映画の街」として全国的に有名。文学では林芙美子、志賀直哉などが居を構え、尾道を舞台とした作品を発表した。映画では小津安二郎監督の「東京物語」が尾道で撮影され、大林宣彦監督の「転校生」「時をかける少女」「さびしんぼう」は『尾道三部作』として、若い世代にこの町を有名にした。

 新鮮な魚が安くておいしいという居酒屋で夕食です。息子が車を運転するので、全員、ノンアルコールビールでした。。オコゼのお刺身が美味しかったです。(写真を撮っておくのでした)
 帰りに撮った尾道水道の夜景です。岡山についたのは、夜の10時ころになりました。一日、目いっぱいの観光でした。2枚のスライドショーです。
01706尾道水道、夜

 翌日(28日)は、息子夫婦の家に行きました。いつ転勤するかわからない身なので、新居といっても、2Kの賃貸マンションです。結婚式の写真をみせてもらい、一時を過ごしました。そのあと、みんな(4人)で、近くのレストラン(プロポスタ?)で、ランチをしました。鉄器でできたココットに、分厚いポーク肉(岡山県産のピーチポーク)、そして、その下にたくさんの岡山県産の野菜とサラダ。これぞ地産地消です。とても、おいしかったです。
01706ランチ

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尾道・千光寺山ロ-プウエー

 尾道の町と尾道水道を一望できる千光寺山展望台に行くことにしました。上りは、千光寺山ロープウエーに乗りました。とてもいい眺めです。
 マウスオンして、ワンクリックしてください。
(5月27日)
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 千光寺山ロープウェイ(せんこうじやまロープウェイ)
 尾道市の千光寺山(大宝山)にある、市営のロープウエーで、長江口から千光寺山頂を結んでいる。千光寺山は日本百景に選ばれるなど日本でも著名な絶景スポットで、ロープウェイからもその眺めが楽しめます。また、尾道の代表的な観光写真に使われています。山頂から麓にかけて千光寺や山頂展望台があり、さくらの名所千光寺公園もある。


 千光寺山展望台からの眺め、素晴らしい景色です。
 6枚のマウスオンアルバムです。 3枚目からは、ズームで撮影しています。


 尾道水道(おのみちすいどう)
 尾道の中心市街地がある本州と向島を隔てる。尾道海峡と呼ばれることもある。尾道水道は、広島県尾道市の瀬戸内海のうち、本州と向島に挟まれた東西に長い幅約200から300mの狭隘部の呼称である。古くから瀬戸内航路の主要商港として機能して来た。

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尾道を歩く

 鞆の浦をあとにして、尾道に向かいました。着いたのは3時半すぎ、ここで息子のお嫁さんと合流しました。数年前まで、ここで働いていたことがあるので、町を案内してもらうことにしました。(5月27日)
 駅前広場は完成したばかりのようで、JRの駅は仮駅舎でした。2枚のスライドショーです。
01706尾道駅前
 尾道水道のウオーターフロント開発で、駐車場、商業ビル、緑地、遊歩道が整備されていました。マウスオンしてから、ワンクリックしてください。
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 時間があまりないので、レトロなアーケード商店街を歩いてから、途中で尾道ラーメンを食べ、千光寺ロープウエーに向かいました。(一週間前のブラタモリが「尾道」だったので、若干の予備知識がありました。)
 4枚のマウスオンアルバムです。
 2枚目の写真、大和湯とありますが、「カフェゆーゆー」です。「大和湯」という銭湯をリフォームした喫茶店で、昔の雰囲気を残しています。また、尾道のお土産の販売もしています。
 尾道といえば、ラーメンも有名。「壱番館」は、行列のできる人気店だそうです。スープは美味しかったですが、麺は関東と違って、もっちり感がありませんでした。西日本はみんなそうなのかもしれませんね。


 尾 道
 瀬戸内海(対岸の向島との間はその狭さから尾道水道と呼ばれる)に面し、古くから海運による物流の集散地として繁栄していた。しまなみ海道の開通によって、四国の今治市と陸路で結ばれ、物流面での利便性が高まり、「瀬戸内の十字路」となった。
 また、 山の斜面に住宅や寺院が密集し 、入り組んだ狭い路地と坂道が張り巡らされた独特な景観の町並みが「坂の町」として有名。

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鞆の浦の町並み

 仙酔島からもどって、船着き場と道路を隔てた高台にある福禅寺に行きました。石段を上ります。
01705石段1
 福禅寺対潮楼
 真言宗大覚寺派の仏教寺で、江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用された。平安時代の950年頃、空也による創建と伝えられる。
 現在の本堂と隣接する客殿(対潮楼)は江戸時代の元禄年間(1690年頃)に建立された。江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用され、日本の漢学者や書家らとの交流の場となった。
 1711年に対潮楼を訪れた従事官の李邦彦は、客殿から見た仙酔島や弁天島の景色にいたく感動し、「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地の意)」と賞賛した。元々、仙酔島という名前も“仙人も酔ってしまうほど美しい島”という意味。

 時間がなかったので、対潮楼には入りませんでした。弁天島と仙酔島の眺めが素晴らしいそうです。
01705福禅寺

 鞆の浦の町を少し歩いてみました。古民家の珈琲店でお茶を飲むのがおススメです。(時間の関係で行けませんでした) 3枚のスライドショーです。
01705鞆の浦町並み
 鞆の浦
 瀬戸内海の海流は満潮時に豊後水道や紀伊水道から瀬戸内海に流れ込み瀬戸内海のほぼ中央に位置する鞆の浦沖でぶつかり、逆に干潮時には鞆の浦沖を境にして東西に分かれて流れ出してゆく。つまり鞆の浦を境にして潮の流れが逆転する。
 鞆の浦の港町である鞆には古い町並みが残り、1992年には都市景観100選に、2007年には美しい日本の歴史的風土100選にも選ばれた。

 鞆の浦です。 マウスオンしてください。先端に、常夜灯が見えます。
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 鞆港西側の雁木の南端に立つ常夜燈(とうろどう=燈籠塔)は、鞆の浦のシンボルです。「安政六年己未七月」(1859年)に建造されました。
01705常夜灯
 旅行記は、まだまだ続きますが、一回休みます。

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