関東甲信越・花と風景写真Ⅱ

白川郷・合掌造り

 ほかの話題もはさんだとはいえ、5月の旅行を2ヶ月以上引っ張ってしまいました。今回が最終回です。
 展望台のある山から歩いて下り、白川郷の集落へと向かいました。
日本にしかなく、日本でしか見られない合掌造りの集落の山村は、どこを見ても、絵になる風景ばかりです。ゆっくりと歩きました。
 5枚のマウスオンアルバムです。5枚目の写真、遠くに先ほどまでいた展望台が見えています。(5月20日撮影)

 合掌造り(白川郷)[ウィキペディアより抜粋]
 茅葺の角度の急な切妻屋根が大きな特徴の住宅建築様式で、 屋根の形が合掌した時の手の形に似ているところから、言われるようになったと伝わえられている。
 合掌造りの小屋組は、本来は日本の民家に広く見られた構造で、傾斜している茅葺きの屋根は、雨仕舞いのためや、豪雪地帯の積雪時の屋根荷重を支えるのに都合がよく、江戸時代後期から明治時代にかけて造られた。
 書院造や数寄屋造りなどと構造に大きな違いがあり、合掌造りでは両側から「人」の字形に寄りかかった部材が棟木の点で交差する形状で、扠首(さす)構造と呼ばれるトラス構造です。


 和田家、神田家、長瀬家住宅です。家の中に入らなかったので、合掌造りの家を見たことにはならないかもしれませんね。5枚のマウスオンアルバムです。

合掌造り民家(3階建て)
 合掌造りにすることで屋根裏に小屋束のない広い空間が生まれ、江戸時代中期頃、養蚕業が活発化すると、この空間を利用し、農家の住居の屋根裏で養蚕の棚を設置するようになった。
 茅葺屋根の葺き替えは、30年から40年ですが、雪が屋根から落ちるときに、茅も一緒に落ちてしまうことがあり、補修作業は年に1~2度必要となっています。茅葺屋根の葺き替えや補修作業では、地域住民の働力提供による共同作業で行われており、この仕組みを結(ゆい)と呼んでいます。


 白川郷の散策を終え、庄川に架かる「であい橋」をわたって、駐車場に戻りました。
 駐車場側から撮影、川の向こうが、合掌造りの集落です。

1907であい橋



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