関東甲信越・花と風景写真Ⅱ

狭山茶

 茶摘が始まる八十八夜が近い4月30日(月)に、狭山の茶畑に行ってきました。日本人なら誰でも好きなお茶。一面に広がる茶畑、写真は一番茶の新芽です。お茶の香りが伝わってきそうですね。(狭山茶といいますが、茶畑が広がるここは、入間市です。)
0705一面の茶畑
  5月の3日に、TBSのドラマ夫婦道を見て、狭山茶の場所がドラマの舞台になっていることに気がつきました。TVで写る茶畑もロケ現場も、このあたりです。もちろん、10日の放送も見てしまいました。
0705新茶
[狭山茶の特徴]
「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と狭山茶づくり歌に歌われるように「味の狭山茶」として全国にその名を知られています。
 狭山茶の生産地は、国内の茶の主な生産地の中では最も北に位置しています。通常、他の暖かい地方では、お茶の葉を年に3~5回摘み取りますが、狭山茶は年に2回(一番茶は5月、二番茶は7月)しか摘み取ることが出来ません。このため、茶葉の品質は高く保たれ、これに「狭山火入れ」という独特の仕上げ技術が加えられ、甘く濃厚な「味の狭山茶」が生み出されています。

0705茶アップ

[狭山茶の歴史]
 今から約八百年前、栄西禅師(えいさいぜんじ)というお坊さんが中国から茶の種子を持ち帰り栽培し、「喫茶養生記(きっさようじょうき)」を著しました。これがきっかけとなり、日本で本格的な栽培が始まったと言われています。
 狭山地方にお茶がもたらされたのは、鎌倉時代に京都の高僧、明恵上人(みょうえしょうにん)が「武蔵河越の地」に栽植したのが始まりのようです。
 本格的に狭山地方で茶業として始まったのは、江戸時代の後期です。入間市宮寺の吉川温恭(よしかわよしずみ)、村野盛政(むらのもりまさ)が宇治の製茶法を取り入れ、蒸し製煎茶を量産することに成功した後です。
 そして、明治8年に黒須村(現入間市黒須)に製茶輸出会社の「狭山会社」が設立され、外国に輸出する製茶の統一ブランド銘として名付けられました。それまでは「河越茶」(かわごえちゃ)と呼ばれていました。
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